太陽と月を乞う人
無いものねだりだなんて、全く自分らしくなくて、英語に比喩されるように、ではないけれど、月を見ていたら、涙が零れてくるんじゃないかと思った。
実際、周りが思ってくれている程、自分は強くも美しくもない。
そんなことは自分自身が一番良くわかっている。
派手な自己演出は、確かに趣味も兼ねているが、それが自らの内面を覆うための仮面であると気付いたのは、それこそこのデュエルアカデミアに来てからだったりする。
完璧な男に出会った。それもあるけれど、僕が今、こうも自己嫌悪に陥っているその元凶は、このデュエルアカデミアで出会った誰よりも明るく元気な少年にある。
いつも、女の子たちには平気で笑える癖に、最近彼の前では作り笑いすら覚束ない。こんな事で恋愛マスターを語っていたのだから、本当に笑えてくる。
案外僕ってば純情だったんだなぁ、としみじみ思う。
思えば、彼が初めて、僕が全身全霊で惚れた相手かもしれない。
感傷に耽るなんて、本当にらしくない。
どうしたって、自分はただの高校生で(もう年齢的には過ぎているけれど)、感傷的な意識の深層にあるナントカだとか、そんなことは知ったことじゃない。恋愛のノウハウは知っていると思っていたのだけれど、実戦となってはこの様だ。
ごく端的に言えば、僕は今、有り得ない程落ち込んでいた。
クシャリという草を踏分ける音がした。
「吹雪…さん?」
そして、僕の側まで来て止んだその音と、立ち止まった気配が、今一番聞きたくない音声を紡ぎ出す。
うつ向いていた顔は上げたくなかった。顔すら上げられないボロボロな姿を見られるよりも、恐らく、酷く頼りなく、疲弊した顔を見られる方が数倍も嫌だったから、うつ向いたまま、声だけを吐き出した。
「悪いね、今、こっちに来ないでくれるかい?」
座り込んだ草の絨毯を手で握り締める。爪の中に入ってくる土なんて気にしている余裕もなく、ただただ、そこに立っている存在が早く自分の前から去ってくれないかと、願った。
「なんでだ?」
「僕としたことが、頭がぐちゃぐちゃなんだ。頼むから一人にしてくれないか、十代くん。」
夜の風は容赦なく吹き付けてくる。いっそ、こんなに湿った気持ちごと吹き飛ばしてくれれば良いのに。
草を踏む音は一歩分だけで止まる。そして、その一歩分近付いた気配は、そこで立ち止まってから、ゆっくりと膝を抱えて座り込んだ。
見てはいないけれど、たぶん間違いはない。
「んー…そんな時があるのもわかるんだけど、俺が今吹雪さんと一緒にいたくなったんだよな」
ゴメンな、それじゃあ駄目か?と、訊ねる彼に、僕は何も言わなかった。夜中にこんな場所に来るのだから、少なからず、彼にも静かに考えたい事があるのかもしれない。
いつでも彼の周にりは人が集まり、賑やかで、その中心にいる彼は本当に輝いて見えたのだけれど。そして、そんな遊城十代という存在だからこそ、惹かれたのだと思っていた。
だが。
ようやく覚悟を決めて、情けない顔を上げ、隣に座っている少年を横目で見れば、いつも浮かべている太陽の様な笑みなど欠片もなく、少し寂しげにうつ向いていた。
その姿に、どうしようもない不甲斐なさと、焦燥感と、後悔がない混ぜになったような不思議な心境になった。
自分が力になりたい、なんて事は思わないし、どうしたの?なんて事も訊かないけれど、彼のそんな顔をみていると、どうしても心が締め付けられる気がした。
同時に、太陽みたいないつもの彼と同等に、ああ好きなのだ、とも思ったのだ。
「吹雪さんは、さ。沢山女の子と付き合った事あるんだよな。」
「ん、まあね」
唐突に問われたのは非常に意外なことだった。恋愛ごとには関心がないのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
自分の中の今の悩みといえば、隣で草などをいじっている彼に関することばかりで。本当に悔しいんだよ、十代くん…、と心の中で呟く。彼が例えば誰かを好きになるとしたら、それは自分ではないだろう。
「そっか…じゃあ、好きな人っている…?」
「……まさにその事で落ち込んでたんだけどね。」
「え、っあ、ゴメンな…」
ぶちっと彼は根ごと草を抜いた。意図しての事ではないだろうが。
「好きな人、いるんだな」
「うん…」
それは太陽のような人で、決して僕には手が届かない。そして静かに光る月のような人かな?とも今思った。
そうしたら、さしずめ僕は海か何かのポジションだ。
太陽の光に反射して輝き、月の引力で満ち引きを繰り返す。
「俺もいるよ、好きな奴」
その一言に、グサリと胸に深々と刺さったのは、きっと槍よりも太い、目に見えない杭のような物だろうか。胸を貫かれ、さながら磔のように、小さな杭は手足の自由を奪う。ドクドクと流れ出て行く血液は、彼へ向かう僕の想いで、それは溢れ出て止まらない。
ま、分かっていたけどね。
手に入らない、そんなこと。
そうして、僕は心中に残る杭の痕を隠して、笑うのだ。
「そっか、君に想われるなんて、幸せな人がいるものだね。」
「…吹雪さんは、本当に俺に好かれた奴が幸せだと、思うのか…?」
「そりゃあ当然。君といたら一日がもっと楽しくなりそうだ。」
無理をしている事がバレなければ良いけれど。
太陽と月の光は自分には降り注がない。その光を一身に受けるのは誰か、明日香かもしれないし、亮かもしれない。万丈目、三沢、エド、ヨハン、ジム、オブライエン…それとも僕の知らない誰かかな?
可能性を挙げればキリがない。
「でもね、やっぱり、僕は太陽と月が欲しいと思うんだよ。」
立場に甘んじるのは耐えられそうにない。
太陽と月の比喩に、何のことかと首をかしげる少年の、その顔に触りたい、唇を舐めたい、純粋な彼を上から下から貫いたらどうなるだろうか。
ああ、やっぱり、欲しい。欲しくて堪らないよ十代くん君が欲しい。
君が本当に
「好きなんだ」
「俺も…、好きだ。」
泣き出しそうな震えた声で少年が告げる「好き」の言葉。お互い、誰が、なんて言わない。
僕はただ、月が明るく照らす草の上で、目の前にあるものを下さい下さいと、必死に物乞いをしているような気分で「好きだ」と繰り返した。
end
携帯サイトから移植。
十代の好きな相手は吹雪かもしれない、というオチをつけようとして止めました。
は、激しい難産でした…!
シリアスな吹雪さん…む…難しい…。
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