七夕の夜は
短冊に願い事、なんて、書いたって仕方ないじゃないか。
願って叶うなら、僕は今頃こんな所にはいない筈だ。
スタジアムの明かりが眩しい。
今日の相手は、挑戦的な目で、さあ、掛かってきな、と言わんばかりに筋肉の隆々とした両腕を目一杯に広げている。
どんな相手でも手を抜く気はさらさらない。
「行きますよ、デュエル!」
僕の掛け声と同時に決闘の火蓋が切って落とされた。
「つまんね〜」
DAのレッド寮では、部屋に置かれた小さなテレビの前を陣取った遊城十代がテーブルに突っ伏してぶーたれていた。
七夕にかこつけて、隅に置かれた無駄に大きな笹が揺れた。
「アニキがデュエル見て詰まんないって言った…!」
「あああ、明日は雪か雹だドン…。氷河期の始まりザウルス〜!」
この世の終わりが来たかのように青ざめる弟分二人組の言葉は、肝心の兄貴分には届かなかった。
「どうせエド・フェニックスだけがデュエルしてるのが気に食わんだけだろう」
そうボヤクのは、もう立派なレッド寮生である万丈目である。
「そうかなぁ、万丈目くんの言うことは信用出来ないっス」
「このっ、丸藤翔、貴様に言われたくなぁぁい!」
「あーもー、先輩たち、落ち着くドン!大人げないザウルス!」
髪の引っ張り合いを始めたレッド二人を、剣山は慌てて宥める。
『勝者、エド・フェニックスーー!』
アナウンスの声に会場が一斉に盛り上がる。
エドのファンの黄色い声が小さなテレビ越しにも耳に痛い。
「くっそー!今日は俺がエドとデュエルしてる筈だったのにさ。ついてないぜ」
嘆く十代の肩に、ぽんと手が置かれた。
「仕方ないさ、彼はプロなんだからね。」
そう諭したのは
「あれ、三沢くん居たんだ」
「ああ、ずっとここに居たぞ!」
そんなやり取りももうお馴染みの三沢大地だった。
「わかってるけどさ、だけど悔しいんだよなぁ」
諦め切れないらしい十代はテレビの中で礼儀正しくお辞儀をしてデュエル場を後にするエドを恨めしげに見つめた。
「仕方ないよ、アニキ」
「でもアニキとの約束を反故にするなんて酷いドン」
「そんなにデュエルがしたけりゃ、この万丈目サンダー様が相手になってやらんこともな「あー俺もデュエルしてぇ!三沢、久々にやろうぜ!」
「……」
翔はあまりにも哀れな黒い肩を叩いた。
「いや、今回は遠慮しておく。」
「なんでだよ、いいじゃんやろうぜ!?」
「俺の計算ではそろそろ…」
ピピピピピピ
「やはりな」
十代のPDAが鳴った。
それがエドからのメールだということは、この場にいる全員が気付いた様だった。
メールを見て瞳を輝かせた十代は、次の瞬間
「俺、ちょっと出掛けてくる!」
と慌ただしく出ていった。
「さ、俺たちは短冊でも書くか。」
「三沢くんに賛成っス」
「俺も書くザウルス」
「フンっ、下らん。」
「十代」
「待ってたぜエド!」
クルーザーでDAのある島まで急いで戻って来た僕は、船着き場に立っている赤いシルエットに近づいた。
本当はだいぶ前に、今日、十代とデュエルをする約束をしていたのだけれど、相手の都合で延期になっていた試合が運悪く入ってしまったのだ。
かなり久々の逢瀬を僕自身も楽しみにしていた。
まるで、日本に伝わる七夕の伝説に出てくる織姫と彦星のようだと、らしくもないことまで考えて。
どちらが織姫かは、まあ置いておいて。
だから、とても残念だったのだ。
それだからこそ、試合の疲れなんてどこかへ放って、真っ先に彼の元へやって来たわけだけれど。
「試合、勝ったな!テレビで観てたぜ。お疲れ!」
そう言いながら駆け寄って来た十代に抱きつかれる。
その背中を二回ほど軽く叩いてやって、「デュエルするんだろ?」と問いかける。
「勿論!けどあと少しっ。」
ぎゅう、と抱き締められて、不覚にも胸が高鳴った。
「本当に少しだからな」
デュエルは少しだけ後回しにして。
七夕の夜は更けて行った。
END
七夕合わせの十エドでした。
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